院試解答研究所

理工系の大学院入試の解答を作成しています。

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量子コンピュータ

従来の計算機は電子が流れるか否かを0、1として情報を扱う。
一方、量子コンピュータでは直交する二つの状態を0、1として扱う。
そこに違いがある。
しかし、複雑な計算をするにはどちらとも論理回路が必要となる。
古典計算機では、単純に電流が流れる回路を組めば良いが、
量子コンピュータでは、重ね合わせ状態を扱うため、従来とは異なる回路を
利用する。
調べるところによれば、具体的には回転ゲートとcノットゲートという
二つの回路を使用するそうだ。
まず、回転ゲートでこれは何らかの形で|0>と|1>の強度を変える。
そして、その重ね合わせの波をcノットゲートで更に変換させることで
論理回路を実現する。
cノットゲートは制御ゲート(control gate、以下cゲート)と標的ゲート(target gate、以下tゲート)
で構成されておりcゲートではinとoutで同じ状態が保たれるが
tゲートではcゲートで通った状態によってtに入ってきた状態を
反転させることがある。具体的にはcゲートで|1>という状態が
通ったとき反転させる。それ以外はそのまま素通りさせる。
この回路を利用することにより、量子もつれ(エンタングルメント)状態を
作るのだそうだ。これにより一方の情報が決まると必然的にもう一方の
状態が決定する。
ちなみにエンタングルメントとは、定義としては二つの状態が直積で表現できない
状態を指す。
その意味自体はわかるが、実際にもつれの状態が必要なのかは私にはわからない。
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物理のピクチャー

仕事で何をしてるかと聞かれたとき、物理を研究している、というと結構なひとが良い反応をする。その反応には尊敬の念とこの人変人という感情が少なからず含まれている。
これらの感情が生まれる理由は、非常に簡単である。物理が難しい学問と思われているからだ。
物理はイメージだけで多くのひとから意味嫌われている。実際、理系の人間ですら物理を嫌うひとがいるくらいだ。
しかし、物理嫌いの人に実際に物理を教えるといがいにすんなりと理解してくれる。それもどうしていままで嫌っていたんだろうと言うほどに。
彼らが物理がわからないのには理由がある。それは教える側が物理学の本来の姿勢を理解してないからだ。物理の姿勢とは自然現象ありきの物理であるということである。自然現象があってはじめて物理が存在する。
だから物理には自然現象から経験的に導かれた説明できない経験式、いわゆる法則が存在する。
物理の初学者はまずこの法則に馴染めない。しかし教える側はそれをそういうものだと頭ごなしにかたずけてしまう。そうすると教わる側は物理が嫌いになるのだ。
だから物理を教えるがわに問題がある。

カオス

あるときから、カオスという言葉が使われだした。この言葉は主に若者によく使われ、なにかよくわからないこと、状況に対してカオスという言葉を使う。現在でも耳し、もはや公用語になったといっても過言ではないだろう。
このカオスという言葉だが、元々英語でchaosと書き、混沌を意味である。混沌とは、全く状況がぐちゃぐちゃでわけのわからないことである。従って彼らが日常会話で用いるカオスという言葉は(少々乱用し過ぎているが)適切である。
一方で、サイエンスの分野でもカオスという言葉が専門用語として存在する。同じ言葉でも、日常用語と専門用語の意味が異なることはよくあることだが、サイエンス界ではカオスというのは、いくつかのルールに従った状態を指す。また方程式に従っている。例えば有名な例に、二重振り子がある。下記のサイトを見ればわかるが、振り子の先が次にどう動くか予測がつかない。
https://www.youtube.com/watch?v=25feOUNQB2Y
しかし、実際はある運動方程式に従って運動しているため、初期条件(どの位置からどれくらいのスピードで振り下ろすかという情報)さえわかれば、計算式から振り子の未来の運動は決定できる。
しかし、なぜこのように一見、日常用語で使われるいわゆるカオス的運動に見えるのだろうか。逆に我々が一目で予測できる物に単振り子がある。単振り子とは一点を固定されたひもにおもりがついているものである。この運動は一つの周期に従っているため、運動で単純である。だから我々は一目で予測できる。一方、二重振り子場合は周期が二つある。従って一つの周期に別の周期が介在する。これが二重振り子の運動が単純にみえない理由である。一方の振り子が一つの周期で動こうとするのに対して別の周期で動いているものが相互作用するために、複雑な運動をするのである。
しかし、具体的にその機構を知ろうとすると非常に難しい。カオス理論という一つの分野が存在するほど深い内容である。これを勉強してみるとわかるのだが、運動は決定論的であるにもかかわらず、専門家によってカオスの定義がまちまちで決まっていない。
結局のところカオスはいまだよくわからない。

博士論文

STAP問題で小保方氏の博士論文に焦点が当てられているが
最近ある理系の技術者からこんな質問を受けた。
「そもそもDr.論文なんてものは教授が受理すればよいもので
ほとんどのものは内容がないのではないか。」
というものである。
世の中を抜本的にかえるような発見というのはなかなか生まれない。
革新的な発見以外は内容がないとするなら、確かにほとんどの博士論文は
意味がない。これは博士論文に限らず、全ての論文に関していえることである。
しかし、革新的な論文は突然現れる訳ではない。革新的な論文は多くの失敗を含めた
膨大な実験データから生まれることがほとんどである。だから革新的な論文だけが
内容があるということにはならない。
だから彼が内容がないと評する博士論文だが、その内容は世界をかえる発見につながる
小さな発見であり、価値があるのである。

素粒子物理

物理学にとって数学は自然現象を記述するための道具である。だから現象があって初めてそこに数式(理論)が存在する。逆に言えば、そこに数式(理論)があったからといって、それが現象を示すとは限らないということである。このことを常に念頭におきながら物理学は研究されなければならない。
物理が扱う分野は非常に幅広い。対象は素粒子から宇宙のスケールにまでに至る。この中で、実験に比べ理論が圧倒的に進んでいる分野がある。それは素粒子物理だ。素粒子物理とは10の−10乗(メートル)以下のスケールの現象を扱う分野である。素粒子のスケールがあまりに小さすぎるため、実験による現象の確認が難しい。また、一つの実験を行うのに膨大な費用と時間がかかるため、なかなか実験ができないことも理由に挙げられる。
理論が先行している物理は非常に危険である。理論が先行するということは、数式の変形のみで新しい物理現象を示すことを意味する。この新しい物理現象は一般に、'予言'と呼ばれ、それが実際の現象を示しているかは実験をしない限りわからない。つまり理論から生まれた現象は、あくまで空想の産物にすぎないということである。なかには、空想の理論をもとに更に発展させた理論も存在し、そのような理論はよもや現実と乖離しすぎていてよもや、SFとよんでも過言ではない。
理論物理学者は、常に実験(現実の現象)ありきの理論であることを意識しなければならない。特に、素粒子物理をやっている人間は、最もその落とし穴にハマりやすい分野であり、より気をつけなければならない。素粒子実験の早急の発展を望む。

テーマ:自然科学 - ジャンル:学問・文化・芸術

バンド構造

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